
起業や独立を考えるとき、「個人事業主として始めるべきか」「最初から法人を設立すべきか」という悩みに直面する方は多いものです。それぞれにメリット・デメリットがあり、どちらが「得か」は人によって異なります。
この記事では、開業コスト、税金、経費、社会保険、信用力などの観点から両者を比較し、法人化を検討すべきタイミングまで詳しく解説します。あなたにとって最適な選択を見つけるための判断材料として、ぜひ参考にしてください。
個人事業主と法人化はどっちが得なの?

個人事業主と法人化、それぞれに得と感じられるポイントは異なります。たとえば、開業時の手軽さや柔軟さを重視するなら個人事業主が向いていることも。一方で、将来的に事業拡大や節税を見込むなら法人化のメリットが大きくなる場合もあります。ここでは、まず両者の基本的な違いと特徴を整理します。
個人事業主
個人事業主とは、法人化せずに個人の名義で事業を営む形態です。設立手続きは比較的簡単で、税務署に開業届を提出するだけで始められます。登録免許税や登記費用も不要なため、初期費用を抑えたい人にとっては非常に魅力的です。帳簿の作成や確定申告も比較的簡素で、青色申告を選べば65万円の特別控除などの優遇措置も受けられます。
一方で、個人事業主は所得税が累進課税であるため、利益が増えるにつれて税率も上がっていきます。年間の所得が一定以上になると、法人化した方が節税効果が期待できる場合もあります。また、社会保険についても会社員とは異なり、原則として国民健康保険・国民年金に加入する形となるため、保障面でやや劣ると感じることもあるでしょう。
加えて、社会的信用や資金調達の面では法人に比べて不利になることもあります。取引先が法人を優先するケースや、融資審査で厳しく見られることも少なくありません。このように、手軽さと柔軟性が強みである一方、信用力や節税効果、制度的な優遇では限界がある点も理解しておく必要があります。
法人化
法人化とは、事業を会社という法人格のもとで運営する形態を指します。株式会社や合同会社などの形で登記することで、個人とは別の人格として扱われ、契約や財産の保有、納税なども法人名義で行われます。この独立性がもたらす最大のメリットは「有限責任」にあります。つまり、会社が負う債務に対して、出資額以上の責任を負う必要がなく、個人資産を守る仕組みがあるという点です。
また、法人は税制面でも一定の優遇があります。法人税は利益に対して一律の税率で課税されるため、個人事業よりも税率が低く抑えられるケースも多く、役員報酬や退職金などを活用することで節税の余地が広がります。さらに、社会保険に強制加入することで保障面も手厚くなり、従業員の採用や事業拡大にも有利に働きます。
一方で、設立には登記や定款認証、資本金の準備などが必要で、手間と費用がかかります。会計処理や決算書類の作成も専門性が求められ、税理士などの支援が必要となることもあります。こうした手続きや管理の煩雑さを負担と感じる場合は、法人化の時期を慎重に見極めることが大切です。法人化は、事業の成長や信用力強化に直結する反面、責任と管理の重さも増す選択であることを理解しておく必要があります。
個人事業主と法人の違い7選!

個人事業主と法人は、どちらも事業運営の形態として一般的ですが、その仕組みや管理、税制などには大きな違いがあります。どちらを選ぶかによって、開業のしやすさやコスト、社会的信用、将来の成長戦略にまで影響を及ぼします。ここでは、事業を始めるうえで知っておくべき「7つの違い」に焦点を当て、比較しながらわかりやすく解説します。自分に合った事業形態を見極めるための参考にしてください。
開業手続きと初期費用の差
個人事業主として開業する場合、手続きは非常に簡単です。税務署に「個人事業の開業・廃業等届出書」を提出するだけで、費用もかかりません。提出後すぐに事業を始められるため、スピード感を持ってスタートしたい人にとっては大きなメリットです。必要に応じて青色申告の承認申請書も同時に提出すれば、税務上の優遇措置も受けられます。
一方で、法人を設立する場合は、定款の作成・認証、公証役場での手続き、登記申請、資本金の払い込みなど、複数のステップが必要になります。設立費用も現実的に20万〜30万円ほどかかるのが一般的で、会社の形態(株式会社・合同会社など)によっても金額は異なります。登記後には税務署や都道府県税事務所、年金事務所などへの届出も求められます。
このように、開業までの手軽さと費用面では個人事業主が有利ですが、法人化によって得られる信用力や将来の成長余地を見込んで、あえてコストをかけてスタートを切る人も少なくありません。開業時点での事業の規模や将来像を考慮しながら、どちらの形態が合っているかを慎重に判断することが大切です。
税金のルール
税金の面では、個人事業主と法人とで大きな違いがあります。個人事業主は「所得税」の対象となり、所得が増えるほど税率が上がる累進課税制度が適用されます。たとえば、年間所得が330万円を超えると20%、695万円を超えると23%と段階的に税率が上昇し、最高で45%に達します。これに加え、住民税(約10%)や個人事業税(業種によって異なる)が課されるため、所得が多くなるほど税負担が重くなります。
一方、法人は「法人税」が課され、その税率は所得に関係なく一定です。中小企業の場合、年800万円以下の所得には約15%の軽減税率が適用され、それを超える部分には約23%程度の通常税率がかかります。さらに、法人には法人住民税や事業税も加わりますが、所得が高い場合には個人よりもトータルの税率が抑えられるケースがあります。
また、法人では役員報酬や経費の計上範囲も広く、節税しやすい仕組みが整っています。たとえば、家族に給与を支払って経費にしたり、退職金の積立を行ったりすることも可能です。これらの制度をうまく活用することで、実質的な税負担をコントロールしやすくなります。
したがって、収益規模や経費の使い方によっては、法人化することで税負担を軽減できる可能性があります。ただし、税務処理は複雑になりがちなので、専門家のアドバイスを受けながら適切な形態を選ぶことが重要です。
参考ページ:財務省
経費計上の自由度
経費として計上できる範囲にも、個人事業主と法人とでは違いがあります。個人事業主の場合、事業に必要な支出であれば基本的に経費として認められますが、プライベートとの区別があいまいな支出については、経費と認められないことがあります。たとえば、自宅を事務所として使用している場合は、家賃や光熱費を事業用とプライベート用に分けて計上する「家事按分」が必要になります。割合が不適切だと、税務調査で否認されるリスクもあります。
一方、法人の場合は法人名義で支出されたものが基本的に経費となり、事業との関連性が明確であれば広い範囲での経費計上が可能です。たとえば、役員報酬や社員への福利厚生費、会議費、交際費、広告宣伝費、出張費などが挙げられます。個人事業主では認められにくい退職金の積立や生命保険料も、法人では経費として扱えることがあります。
ただし、法人であっても不当に高額な支出や事業との関連性が薄い費用は経費と認められないことがあります。また、交際費などには一定の限度や税務上の扱いがあるため、無制限に計上できるわけではありません。
このように、経費に関しては法人の方が裁量の幅が広く、節税対策がしやすい傾向があります。安定した収益がある場合や、経費が多く発生する業態であれば、法人化のメリットは大きくなるでしょう。事業規模や支出の内容に応じて、どちらが適しているかを検討することが重要です。
赤字を繰り越せる期間
赤字を繰り越せる期間にも、個人事業主と法人では明確な違いがあります。個人事業主の場合、赤字を翌年以降に繰り越せる期間は「3年間」に限られています。また、その赤字を繰り越すには青色申告をしていることが条件となります。白色申告の場合は繰り越しが認められず、その年の赤字はそのまま損失となってしまいます。したがって、継続的に事業を行い、赤字が発生した年があっても今後利益が見込める場合は、青色申告の届出を済ませておくことが大切です。
一方、法人の場合は赤字を繰り越せる期間が「10年間」と、個人事業主の3倍以上に設定されています(令和元年4月1日以降に開始する事業年度から適用)。これにより、長期的な事業戦略を立てやすくなり、初期投資で一時的に赤字が出たとしても、将来の黒字との相殺によって節税が可能になります。また、法人も青色申告が前提となるため、設立後は速やかに申告手続きを行っておくことが求められます。
この赤字の繰越制度は、特に新規事業や設備投資の多い業種においては大きな支援となり得ます。個人事業主では短期間で利益を出せない場合に損失が無駄になってしまうリスクがあるのに対し、法人は時間をかけて収益化を目指すスタイルにも柔軟に対応できる制度設計になっています。収支の変動が大きいビジネスモデルの場合は、こうした違いも考慮したうえで法人化を検討すると良いでしょう。
参考ページ:国税庁
社会保険・年金の加入義務
社会保険や年金制度への加入義務についても、個人事業主と法人では大きな違いがあります。個人事業主は、原則として「国民健康保険」と「国民年金」に加入することになります。これらは個人単位での加入となり、保険料も所得に応じて自分自身で支払います。また、従業員を雇っていても、常時5人未満の事業所であれば、業種によっては社会保険の加入が任意とされる場合もあります。
一方、法人を設立した場合は、たとえ役員1名だけであっても、会社として「健康保険」および「厚生年金保険」への加入が義務づけられます。これは法人が事業所としてみなされるためで、個人事業と比べて社会保険制度上の取り扱いが厳格になります。法人で従業員を雇っている場合、社会保険料は会社と従業員が折半して負担する仕組みとなるため、会社側の経費負担は増えますが、従業員にとっては福利厚生が整いやすいメリットも生まれます。
厚生年金は国民年金よりも給付水準が高いため、将来的な年金受給額にも差が出てきます。このため、安定した老後の備えや、福利厚生の充実を図りたい場合には、法人として厚生年金に加入するメリットは大きいといえます。
ただし、法人化による社会保険料の負担増は無視できない要素です。事業の収益性や従業員数に応じて、どこまで対応できるかを慎重に見極めることが大切です。社会保険の義務は、経営者としての責任の一部であり、長期的な視点での制度理解が求められます。
資金調達のしやすさ
信用力や資金調達のしやすさという点においても、個人事業主と法人では大きな違いがあります。一般的に、法人のほうが外部からの信頼を得やすく、銀行や取引先に対する信用力が高いとされています。これは、法人が登記制度によって設立され、経営の透明性や財務状況が明確になるため、対外的に「組織」として認識されるからです。
一方、個人事業主はその名の通り、個人の名前で事業を行っているため、信用の基準がその人の財産状況や過去の取引実績に強く依存します。金融機関から融資を受ける場合でも、審査は本人の信用情報や確定申告書の内容が中心となり、融資限度額や条件に制約がかかることが少なくありません。
法人になることで「法人名義」での契約や口座開設が可能になり、企業間取引の幅が広がるという利点もあります。とくに、法人向けの仕入先や協業先との取引においては、法人格を持っていることが前提となるケースも多く、事業のスケールアップを図るうえでは法人化が有利に働きます。
資金調達手段においても違いが見られます。個人事業主が頼れるのは主に銀行融資か自己資金に限られますが、法人であれば金融機関からの融資に加え、投資家やベンチャーキャピタルからの出資を受けることも可能になります。これにより、より大きな資金を活用して事業を展開するチャンスが広がります。
信用力や資金調達面の選択肢を広げたい場合、法人化は大きな一歩となるでしょう。ただし、それに伴う責任や管理コストも発生するため、事業の成長段階や目指す方向性に応じた判断が重要です。
会計・確定申告の手間
会計処理や確定申告の手間は、個人事業主と法人とで大きく異なります。個人事業主の場合、帳簿の作成や確定申告は比較的シンプルで、青色申告の特典を活用すれば65万円の控除も受けられます。会計ソフトを使えば、仕訳や決算書の作成もある程度自動化できるため、経理の知識が少なくても自力で対応できるケースが多いです。
一方、法人になると、会社法や税法に基づいた厳密な会計処理が求められます。仕訳のルールもより複雑になり、帳簿の保存義務や決算公告の要件も加わります。また、法人税や消費税の申告に加え、地方税や事業所税の計算・申告も必要になる場合があります。そのため、会計処理は専門性が高くなり、税理士や会計士への依頼が一般的です。自力で行うには相応の知識と労力が必要となるでしょう。
法人の決算期は自由に設定できますが、決算書の提出や法人税の申告期限が明確に定められており、スケジュール管理の重要性も増します。個人事業主が確定申告を年に1回行えばよいのに対し、法人は決算のたびに税務申告と納税が発生するため、事務負担も増える傾向にあります。
こうした違いから、会計や申告の煩雑さを重視する場合は、開業当初は個人事業主として始め、一定の売上規模や業務量になった段階で法人化を検討するのが一般的です。手間と管理コストを天秤にかけ、事業の成長段階に応じた形態選択が求められます。
法人にしかないメリット

法人化には、個人事業主にはない独自のメリットが複数存在します。信頼性や組織力が求められる場面では、法人であることが有利に働くことも少なくありません。ここでは、法人ならではの強みについて具体的に見ていきます。営業活動の幅が広がる点や、資金調達の選択肢が増える点など、事業拡大や将来的な展望を見据えるうえで押さえておきたいポイントを整理します。
営業や採用に強くなる
法人化すると、営業力や採用力が大きく向上するという利点があります。まず営業面において、法人格を持つことで取引先からの信用が高まり、特に法人同士の取引が中心となるBtoBビジネスでは契約がスムーズに進みやすくなります。請求書や見積書に「株式会社」などの法人名があるだけで、相手企業に与える印象が変わるケースもあります。
採用活動においても法人であることが有利に働きます。求職者にとって「法人=安定した組織」というイメージがあるため、応募のハードルが下がりやすく、求人媒体でも法人であることを前提とした掲載が可能になることが多いです。さらに、社会保険への加入義務がある法人であれば、安心して働ける職場と認識されやすくなり、優秀な人材の確保にもつながります。
このように法人化は、対外的な信頼の向上や、組織としての魅力を高める点で大きな効果を発揮します。事業の成長や拡大を視野に入れている場合、営業や採用の基盤を強化できる法人化は、戦略的な選択肢となります。
資金調達を受けやすくなる
法人化すると、融資・補助金・投資といった外部からの資金調達がしやすくなるという大きなメリットがあります。まず、金融機関からの融資については、法人の方が審査に通りやすい傾向があります。これは、法人には財務諸表の作成義務があり、経営の実態が明確に可視化されるため、金融機関としても貸し倒れリスクを判断しやすいからです。また、法人の場合は設備投資や運転資金の名目でも融資の選択肢が広がり、融資枠も大きくなる可能性があります。
補助金や助成金についても、法人を対象とした制度が多数存在します。国や自治体が実施する補助金の中には、法人であることを申請要件としているものも少なくありません。申請書類の作成はやや煩雑ですが、法人であれば会計・税務が整備されており、審査の通過率が高くなる傾向があります。
スタートアップや成長企業に対しては、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家からの出資を受ける際にも法人化が前提となります。個人事業主には株式の仕組みがないため、資本を提供する側にとっても投資回収の方法が限られてしまうからです。
このように、資金調達の多様性とスピード感を求めるなら、法人化は非常に有利な形態だといえます。
許認可・入札案件に参入できる
法人化のもう一つの大きな利点は、許認可が必要な業種への参入や官公庁・自治体の入札案件への参加が可能になる点です。多くの業種では、営業を始めるために行政からの許認可が必要になりますが、その申請条件として法人であることが求められるケースが少なくありません。たとえば、建設業、運送業、警備業などは典型的な例で、法人格が信用力の証明とされるためです。
官公庁や自治体が発注する入札案件についても、法人でなければ参加が難しいことが多くあります。入札に際しては、事前に資格審査を通過する必要があり、これには経営の安定性や事業実績、財務状況などの書類提出が求められます。法人化していない個人事業主では、こうした基準をクリアするのが難しいため、制度的に参加が制限される傾向にあります。
法人化することで各種団体への登録や業界ネットワークへの参加もスムーズになり、より大きなビジネスチャンスをつかむきっかけになります。特にBtoBの取引や行政関連の仕事を視野に入れている場合、法人格は対外的な信頼性を高め、門戸を広げる重要な条件です。
このように、法人でなければアクセスできない業務領域が多く存在するため、事業の拡大や社会的信用の向上を目指す場合には、法人化を真剣に検討する価値があります。
法人化で見落としがちなデメリット
法人化には多くのメリットがある一方で、見落としがちなデメリットも存在します。特に小規模事業者や起業初期の段階では、思わぬ負担や管理の煩雑さが障壁になることもあります。ここでは、法人化した場合に避けて通れない特有のリスクや責任範囲、制度上の違いを整理し、個人事業主との差を明確に解説します。判断を誤らないためにも、デメリットの側面もきちんと理解しておくことが大切です。
有限責任がある
法人には「有限責任」という大きな特徴があります。これは、会社が債務超過や倒産といった経済的な問題に直面した際、出資者である経営者(代表取締役など)は、その出資額の範囲内でのみ責任を負うという仕組みです。たとえば、資本金100万円の株式会社が倒産した場合、原則として経営者個人が100万円以上の負債を負うことはありません。
この点は個人事業主とは大きく異なります。個人事業主は事業におけるすべての債務に対して無限責任を負い、事業の借金が返済できない場合、個人資産を差し押さえられることもあり得ます。対して法人化すれば、経営者のプライベートな資産は守られるという安心感があります。
ただし、実際には法人名義で融資を受ける際に、経営者個人が連帯保証人になるケースが多く、完全にリスクから解放されるとは限りません。さらに、故意または重過失による損害が発生した場合などは、役員としての損害賠償責任を問われる可能性もあります。有限責任であっても、経営者としての責任意識は常に求められます。法人の構造を正しく理解し、リスクの境界を明確に把握しておくことが重要です。
倒産時の負担が大きい
法人が倒産した場合、表面的には「有限責任」によって経営者個人の財産が守られるように見えます。しかし、実際にはそう単純ではありません。多くの中小企業では、金融機関からの融資に際して経営者自身が連帯保証人になるケースが一般的です。この場合、会社が返済不能になれば、経営者個人が債務の返済責任を負うことになります。
会社名義で借りていた事務所や設備、車両などに個人の連帯保証や担保提供が絡んでいると、倒産後も返済義務や売却処分の手続きが続くことがあります。従業員の給与未払い、社会保険料や税金の滞納があると、経営責任を問われるリスクもあります。
法人が倒産すると社会的信用の失墜も避けられません。再チャレンジの際、過去の法人倒産歴が金融機関や取引先の判断材料として残ることがあり、新たなスタートが難しくなる場合もあります。とくに経営者が複数の法人に関わっている場合、ひとつの会社の倒産が他の事業にも悪影響を及ぼす可能性があります。
法人は経営の自由度を高める反面、万が一のリスクに備えた冷静な資金管理や責任の線引きが求められます。倒産リスクに備えて、個人保証の回避や資産の切り分け、早期の損益分析が不可欠です。
個人事業主が法人化を検討するタイミング

個人事業として順調に売上や利益が伸びてきたとき、次に考えるべき選択肢のひとつが「法人化」です。法人化には、節税や信頼性向上などのメリットがある一方で、手続きやコスト面での負担も伴います。そのため、どのタイミングで法人化するのが最も効果的かを見極めることが重要です。ここでは、個人事業主が法人化を検討すべき具体的なタイミングを、代表的な4つのケースに分けて解説します。
所得が年500〜800万円を超えた時
個人事業主が法人化を考えるべき代表的なタイミングのひとつが、所得が安定し、かつ一定の金額を超えたときです。目安としては、課税所得が年間500万円〜800万円を超えるあたりから、法人化による節税メリットが実感しやすくなります。個人事業では所得税が累進課税制度であるため、所得が増えるほど税率が高くなり、最大45%に達する場合もあります。一方、法人化した場合、法人税は一律で中小企業であれば実効税率はおよそ20〜25%程度に抑えられ、税率面で有利になります。
法人にすると、給与所得控除を活用できるため、役員報酬として受け取る形にすることで、実質的な課税対象を圧縮することも可能です。これは節税の幅を広げる重要な手段となります。さらに、家族に給与を支払う場合も、法人であれば社会保険の適用を受けることで福利厚生の拡充にもつながります。
ただし、法人化に伴う事務作業の増加や設立費用の発生もあるため、所得が安定していない段階では負担が先行するリスクもあります。そのため、ある程度の継続的な利益が見込めるようになった段階で、法人化を具体的に検討するのが賢明です。
消費税の免税事業者となった時
課税売上高が一定の水準を超えると、個人事業主は消費税の免税事業者ではいられなくなり、課税事業者として消費税の納付義務が生じます。現在の制度では、基準期間(2期前)の課税売上高が1,000万円を超えると、その2年後から消費税の納税義務が発生します。このとき、個人事業主のままでいると、売上に対する消費税を上乗せして請求しても、それをそのまま納税に回す形になり、負担感が増すことになります。
一方で、法人化した場合は、設立初年度と2期目は原則として免税事業者の扱いとなるケースが多く、この制度を活用することで一時的に消費税の納付を回避することができます。これは、新設法人に対する優遇措置として設けられているもので、一定の条件を満たせば、売上が伸びていても最初の2年間は消費税の支払いを免れることができます。
また、法人としての経費管理や仕入税額控除の制度も活用しやすくなり、適切な税務処理を行うことでキャッシュフローの健全性を保ちやすくなります。売上の増加が見込まれ、今後の事業規模拡大を視野に入れている場合は、消費税の扱いも含めた視点で法人化のタイミングを見極めることが重要です。制度の変化や改正にも注意し、早めの検討と準備が求められます。
法人向けに事業拡大をしたい時
法人向けの取引を本格的に行いたいと考えたときは、個人事業主から法人化へ移行する絶好のタイミングです。取引先が企業である場合、多くのケースで「法人であること」が契約の前提条件とされることがあります。これは、法人でないと発注できない社内規定を設けている企業が一定数存在するためです。
法人格を持つことで、取引先に対して信頼性や安定性を示しやすくなります。特にBtoBビジネスでは、相手企業が契約相手としての信用力や長期的な継続性を重視する傾向があるため、法人であること自体が大きなアドバンテージになります。登記簿謄本や法人番号があることで、与信判断や取引審査もスムーズに進みやすくなります。
法人として登記されることで、企業向けの専用サービスやツール、補助金制度へのアクセスも拡大します。ビジネス用口座の開設や法人専用のクラウドサービス利用、法人価格での仕入れなど、個人事業主では利用が難しい特典も享受できるようになります。
法人化は、ただの形式変更ではなく、法人向け事業への本格的なステップアップを支える制度的な土台です。企業との取引を安定して続けていきたい、あるいは新たな法人顧客を獲得したいと考えたときこそ、法人化による信用力の強化が不可欠となります。ビジネスの信頼性を高め、販路を広げるための戦略的な選択として、法人化を視野に入れることが重要です。
人材確保に力を入れたい時
より優秀な人材を効率的に確保したいと考えたときは、法人化を検討するタイミングといえます。個人事業主でも雇用は可能ですが、組織としての信頼性や社会保険の整備といった面で法人のほうが適しています。特に、採用活動においては、法人のほうが応募者からの信頼度が高く、安定した職場として見られやすい傾向があります。
また、従業員を雇用すると、労災保険や雇用保険、社会保険の加入義務が発生します。法人であれば、これらの保険加入手続きや対応もスムーズで、整備された制度を活用しやすくなります。個人事業主のままだと、こうした労務管理を自己責任で行うことになり、煩雑さやリスクが増す場合があります。
さらに、法人は給与支払いにおける節税の選択肢も広がります。役員報酬として支払うことで経費計上が可能となり、所得を分散する手法も取りやすくなります。これは、一定の収益がある事業者にとって大きな節税効果をもたらすことがあります。
事業を「一人で回す」段階から「チームで成長させる」フェーズに入ると、事業基盤の整備が求められます。法人化することで、雇用体制や組織の仕組みを強化し、事業の信頼性や発展性を高める準備がしやすくなるのです。人を雇って事業の幅を広げたいときは、法人化によるメリットを積極的に検討すると良いでしょう。
まとめ
個人事業主と法人化のどちらが得かは、一概に判断できるものではありません。開業のしやすさや税務手続きの簡便さを重視するなら、個人事業主の形態が適しています。一方で、信用力の強化や税制上の優遇措置、将来的な事業拡大を視野に入れるなら法人化の方が有利です。特に、所得が一定額を超えたり、法人向けの取引や採用活動が本格化する場合は、法人化が現実的な選択肢となります。
両者には手続き、税金、社会保険、経費処理など多くの違いがあるため、それぞれのメリットとデメリットを正しく理解し、自社の状況や将来像に合った形態を選ぶことが大切です。この記事を通じて、より納得感のある事業運営の一歩を踏み出すための判断材料になれば幸いです。